私は高校2年生に無事になった。……はずだった。
 でも、平凡だと思った日常は一瞬で崩れ去るものだ。



「あかりーん! おはよー!!!」
「……おはよう、美紗樹」
「あれっ、何でそんなに冷たいの? もしかして、風邪?」
「……あんたのせいに決まってるでしょ」



 殴りそうになったのを抑えて、私――日向朱莉は森下美紗樹と向かい合う。
彼女はすごく純粋な笑顔で私を見つめてくる。……その純粋さが私には恐怖だ。
 この純粋な笑顔に何度騙されたことか……思い出しただけで胃が痛い。今も
妙に胃が痛い感じがする。胃腸薬を持ち合わせていないことに少しだけ後悔す
る。常に持っている訳ではないけど。
「あ、そういえばね、あかりん。今年も一緒のクラスだよ!」
 私はその言葉に深く溜息をついた。そして小さく呟く。
「うわー。残念」
「残念とか! ひどい!」
 ひどくない、というのは心の中でだけ言っておく。言ったら噛みつかれるの
は分かっている。分かっていてそんなことをする訳がない。
 というか、また一緒なのか…………。私は溜息をついた。正直、嫌な予感し
かしない。中学校と高校が一緒、という友人は何人かいる(さすがに小学校か
ら一緒なのは美紗樹ぐらいだ)。でも、ここまでひどいのは美紗樹だけだ。何
がひどいかっていうのを具体的に述べようとすると原稿用紙1枚以上は確実に
使う自信がある。こんなことに自信を持ってはいけないけど。
「いやー。縁があるよねー。あたし達って」
「縁がなくてよかったんだけど」
「ちょっと待って、あかりん何でそんな冷たいの!? あたし達、小学校時代
から一緒の仲じゃない!」
「私、あんたと幼馴染なの、すごく不本意なんだけど」
「ひ、ど、い! ひどすぎるでしょ!!! あかりんの愛情がほしいよ!」
 本当に何でこの子と幼馴染なんだろう……。そのせいで何回冷たい目で見ら
れたことか。
 小学校から一緒、ということで私は完全に美紗樹の保護者扱いだ。だから、
美紗樹が何かやらかすと皆揃って私に「こいつ何とかしろよ」という目で見ら
れたり、「何とかして」と言われるんだ。これを不本意と言わないでなんと言
うんだ。
 というか、ここまで会話しておいてすごく素朴な疑問が生まれる。
「美紗樹、何でクラス知ってるの」
 ちなみに今は高校へ向かう途中であって、学校にすら着いていない。……一
体何が?
「いやー。それがさ、忘れ物しちゃって」
「何を」
「上履きなんだよねー。てへぺろ☆」
「…………」
「ごめんなさいもうてへぺろなんて言いませんそんな冷たい目で見つめない
で!!!」
 私の殺気立った視線を察したのか、美紗樹は慌てて謝りだす。こいつは小さ
い頃からこういった視線とかにはよく気付いていた。
 それにしても、上履きを忘れるなんて……。頭はいいのに何で人間的に残念
なんだろう。あ、皆に一言言っておく。「頭のいい人=まともな人」だなんて
そんなことはない。この子がその立派な例だもの。美紗樹に常識だなんて期待
してはいけない。
 というか美紗樹、大分早く学校に行っていたみたいね……。この辺も馬鹿な
証拠よね。
「後ね、星村くんも同じクラスだよ!」
「…………?」
「えっ、ちょっと待って。あかりんってバカ?」
「あんたに馬鹿って言われたくないわ」
 こいつにバカ呼ばわりされるなんて……今年が始まってまだ4か月しか経っ
ていないけど、1番の屈辱だわ、これは。
 それにしても、星村くんって誰。本当に誰。
「あかりん、本当に知らないの?」
「うん……」
「あの学校一モテるであろう星村くんを知らないって……」
 どうやら本当にびっくりしているみたい。……そんなに星村くんって有名人
なのか。でも首を何度ひねっても私には分からない。
「星村くんって超かっこよくて、スポーツも出来てしかも学級委員やっちゃっ
てるパーフェクトボーイなんだよ! バレンタインデーとかすごかったらしい
よー。あたしもチョコあげたし」
 目をキラキラさせながら話す彼女はまさしく「恋する乙女」だ。どうやら、
星村くんが好きみたい。それにしても、倍率の高い人をよく好きになるはね……
ご愁傷様。
「その人を知らないなんて珍しいこともあるんだねー」
「どんな外見の人?」
「えっとね、泣き黒子があって、背が高い男の子。部活はバスケ部だったかなー」
「ふぅん」
 適当に相槌を打っていると、ふと誰かにぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
 前を見ていなかったのが悪かった。見事に背中にぶつかった。
「……あかりんの目って節穴だよね」
 私はこっそり美紗樹の脛を蹴っておいた。なんか、呻き声が聞こえたけど、
無視。
 そして、ぶつかってしまった人の顔を改めて見る。
 整った顔立ち。そして、背が高い。私も女の子としたら高い方なんだけど、
この人はそれを上回る感じがする。……すごいなぁ。それと、右目の下に黒子
がある。あ、これが泣き黒子か。初めて見た。……ってあれ?
 さっき言っていた美紗樹のセリフを思い返す。
 ――泣き黒子があって。
 確かに、この人には泣き黒子がある。泣き黒子がある人ってなんとなく顔立
ちがいいな、と思う。美紗樹も顔立ちがよくて、泣き黒子があるし。
 ――背が高い男の子。
 確かに、この人は背が高い。……ってことは。
 この人が、星村くん?
「あの、大丈夫?」
 すると、星村くん(?)が声をかけてきた。優しく微笑んでいる。
「あ、大丈夫です」
「日向さんは大丈夫そうだけど……そっちの女の子の方が大丈夫そうじゃない
ような……」
 小さく首を傾げる。そういう一つ一つの仕草がかっこいいって思う人とかい
そう。
「こっちは平気です。頑丈なんで」
「頑丈じゃないよ……あかりんのバカぁぁぁぁぁ!」
 脛を蹴られたダメージは思った以上にでかいらしい。でも、こんな奴に「節
穴」なんて呼ばれたくないわ。……ってあれ?
 そういえば、何でこの人、私の名前知ってるのかしら。
「……誰、ですか」
「あれ? 知らない?」
「あ、はい。ごめんなさい、知らなくて」
「日向さん、学級委員やってたよね? 俺も去年やってたんだけど……」
「あれ? ……嘘っ」
 学級委員の人なのに覚えてないってこと? 私、大分やらかしてるな……。
「だから私の名前、知ってたんですね」
「あ、だから戸惑ってたのか。ごめんね」
 頭をかく星村くん(?)。
「涼介ー。どったの?」
「浩太」
 前から、一人の男の子がやってきた。どうやら知り合いみたい。
「……え」
 復活したらしい美紗樹が思わず声をあげる。私は星村くんに向けていた視線
を前からやってきた男の子に向けて――思わず凝視してしまった。
 だって、そいつの髪は見事な金色だったから。こうやって生で金髪を見たの
は初めてだ。
……結構綺麗だ。その横で美紗樹が小さく呟く。
「どこぞの不良よ」
「美紗樹、本人を目の前に言っちゃダメ」
「だって、ここまで金色なんだもん。不良かと思うわよ」
「思ったとしても言葉にしないという心遣いを持ちなさい」
「え、俺、不良扱い?」
 今の会話が聞こえたのか浩太、と呼ばれた男の子は自分を指さして言う。指
の先には金色の髪。美紗樹が大きく頷いている。……こいつ、馬鹿だ。
「別に、校則違反ではないだろ」
 確かに、校則違反ではない。でも、すごく目立つ気が……。これでいいのか、
こいつは。「ま、この人はどうでもいいのよ、あかりん」
 美紗樹は星村くん(?)と向き合う。ここまで聞いておいて「どうでもいい」
扱いにしてしまうのはいかがなものか。
「かの有名な星村くんにぶつかるなんて、あかりんも罪深き女よねー」
 ……やっぱりか。予想は大体ついていた。美紗樹の態度から、という訳では
ない。
 ……だって、女子の視線が恐ろしいほど突き刺さっているんだもの。星村く
んにぶつかったあたりからもう痛いぐらいの視線がこっちに来ていた。人間、
視線で殺されないとは思うけど、これは恐ろしいわ。私は明日死ぬかもしれな
い。
「何はともあれ、1年間よろしくね! 星村くん! 浩ちゃん!」
「え? まだ、クラス分かってないよな……?」
「おうっ、よろしくな! ……誰だか分からんけど」
「えっ、嘘っ。わかんない? 森下美紗樹なんだけど。幼稚園一緒だった
じゃーん」
「森下美紗樹……あああ! 思い出した! みさだよな! 久しぶりだな」
「思い出した? よかったー。小6の夏に会って以来だよねー。よろしくね、
浩ちゃんっ」
「ちょっと待って。私話についていけてない」
 ……なんだろう、この2人に同じ匂いを感じる。というか、「浩ちゃん」と
「みさ」? どういう関係? というかさっきまで知らない人だと思ってたけ
どいつ知り合いだと気付いたの?
 それを聞くより前に星村くんが口を出した。
「浩太、お前何した」
「……上履き忘れたんだよね、てへぺろ☆」
「何この展開、思い出したくなかった」
「あかりんひどい」
 全く、さっきと同じような展開とか、どういうことかしら。やっぱり同じ匂
いを感じる。
いや、同じ匂いの人達だわ。
「えっと、星村くんと……誰?」
 私は金髪少年を見て尋ねる。その時、風がふっと吹いて、金色の髪が揺れた。
太陽の光がちょうどよく金髪を輝かせている。……綺麗。
「浩太。一ノ瀬浩太。1年間よろしくな、日向サン」







2012.01.22








back